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衝撃

431 : 名無しさん 2014/01/15(水) 17:17:21 ID:f8P1Ik+g
今年の仕事始めの日の事。
わが社は毎年、仕事始めに皆で初詣に行くことになっている。
例年は会社近くの神社にしていたが、ことしは違う神社だった。

当日朝、出社した社員に「今年は電車で初詣に行くのよ」と社長。
「うぉーすげー」やら「どこどこ?楽しみー」などと盛り上がる社員。私も含めて。

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400 : 名無しさん@おーぷん 2015/02/23(月)16:07:12 ID:jqM
旦那が長期出張から帰って来たときに出した料理が手抜きだと言われてしまった。
ちなみに出したのは、
焼肉丼となまりぶしのサラダ、とろろ昆布の汁物に甘夏のほろをとって砂糖をまぶしたデザート。
焼肉丼は、茹でた小松菜にごま油と白ゴマを入れたものをご飯に混ぜ、焼肉を乗せたもの。たれも手作り。
とろろ昆布の汁物は、だしつゆをあたためておき、とろろ昆布を投入し最後に青ねぎとかつおぶしをまぶしたもの。
なまりぶしのサラダはなまりぶしに生たまねぎを混ぜたものをポン酢で頂く。
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49 : 名無しさん@おーぷん 2015/02/10(火)22:45:01 ID:OpS
理解されないことだと分かってるけど書き込み
私は大学をレベルではなく教授できめた
私は社会心理学を学びたくて、それもかなり特定の分野に絞ってたので自然と選べる学校も少なくなった
けれど心から学びたいと思える教授がおらず、私は無難に心理学に強い大学を選んだ
大学二年生になったある日、
ふとしたことで、とあるFランと言われる偏差値45くらいの大学に、今年度、社会心理学を専門にする教授が海外から戻ってきていたことが解った
(私の学びたいことは海外が主流で最先端を走ってる。教授は勉強のために飛んでいた)
しかも蔵書の数もかなりのもので、私立だけあって学ぶ環境もかなり最先端
私は喜び勇んで飛びついた
3年でその大学に編入した
ゼミは本来定員12名で、その教授のゼミはもともと人気がたかく、取りたくても取れなかった生徒が多くいたそうだ
私は編入の際に出すゼミ選択の作文で、その教授のもとでどれほど学びたいかを熱烈に書き綴った
私の気持ちを汲んでくださった教授は私を寛大に迎え入れて下さった
私の大学生活は充実したものだった
やりたかった研究ができて、学びたかった教授に教われることが嬉しかった
私は自分の卒業した大学や自分の研究に誇りを持っている

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583 : おさかなくわえた名無しさん 2013/08/17(土) 23:53:29.58 ID:1xHErT60
衝撃的体験と言えるかどうか・・・だけど、思い出したので。

20年ぐらい前のことなんだけど、当時私はまだ20代半ばの独身だった。
職場の同期で一番仲が良かった友人A子が突然田舎でお見合いして結婚退職。
半年ほど経った頃、だいぶ落ち着いたから泊りで遊びにきてと招待され、
お言葉に甘えて遊びに行ったんだ。
義理のご両親が建ててくれたという新居は、大きくて立派な日本家屋だった。
客間として用意された和室は12畳もあって、
玉の輿だとは聞いてたけど、ほんとにすごいなぁって感動していた。
披露宴で初めて紹介されて2度目に会う旦那さんと3人で食事しながら
10時頃まで盛り上がったあと
勧められるままに先にお風呂を頂いたんだけど、
お風呂から上がって脱衣室に出たときに、なにか違和感があった。
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609 : 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2015/01/30(金) 16:28:24.88 ID:CfAdMBwv0.net
不動産屋勤めてたことがあるけど
正直、瑕疵物件とかはいっても全然わからん
孤独タヒし2ヶ月くらい放置されて、運悪くコタツに入ったまま亡くなったため
半身だけえらいことになってた部屋が空いて業者が清掃してうちに話がきて
写真とるためにビクビクしながらいったこともあるけど
特に何もなくまったく何もなく本当に何も感じないくらい霊感ゼロ
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486 : 名無しさん@生活サロン板できました 04/10/10 01:43:21 ID:ahC1+YGd
もう終わったネタだけど、自衛隊ネタで子供の立場から・・・。

親が自衛隊員で、
官舎に住んでいると自衛隊員の子供がたくさんいて何不自由なく暮らせたけど
ちょっと自衛隊から離れた場所に住むととんでもない事になる事があった。
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60 : 名無しさん@おーぷん 2015/08/20(木)23:41:40 ID:FuF
病院で診療補助をやっていた。
新米で怒られることも多かったし、看護師さんは怖かったけど仕事は楽しく、天職だと思った。

そんなときに、あるお婆さんが入院してきた。
詳しい病気は分からないけど、たしか脳の病気だったと思う。
最初の頃は聡明で人の良いお婆さんだった。
ただ、入院が長引くにつれて意味不明なことを言ったり、トイレが一人で出来なくなったりと、日に日に認知症が進んでいった。
それでも品のある可愛らしいお婆さんには変わらなかった。
そのお婆さんには息子さんが一人いた。
前に面会に見えた時には笑顔で優しそうにお婆さんと話していた。
「母は、とても頭が良いんですよ」と自慢していた。
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30 : 名無しさん@おーぷん 2014/09/21(日)14:01:37 ID:sxEQGNcxR
A・・・余命残り僅かの26歳男性
B・・・Aの友人。同じく26歳男性
C・・・Aの想い人。25歳女性

Aはとある難病にかかってしまい、一年も生きられるかわからない状態になった。Aはイケメンな上に人望が厚く、やさしい。
AやCはもちろん、会社の同僚や上司もたくさんお見舞いにきた。

AはずーっとCが好きだったが、究極のヘタレだった為に告白できずにいた。余命が宣告された時点では誰も知らなかった。
ある日、Cが仕事関係で海外に行かなければならなくなり、滅多にお見舞いにこれない状態になった。もう自分が永くないのと、なかなか会えなくなった悲しさから気持ちだけでも伝えようと手紙を書いた。
当時、Aが入院していた病院は手紙を出してくれる事はしなかった為、Bに頼んだのだが・・・
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118 : おさかなくわえた名無しさん 2006/11/04(土) 23:11:17 ID:QD7DAiZd
夜中にCDとかゲーム売ってる店でレジに並んでたら前にジャージ金髪の女がいた。
店のサイトにメアド登録したらポイントが50円分だか100円分だかつくんだが、店員さんがその女に
「よければ登録してください」て言ったら他に客並んでるのにレジ台に肘をついて
「え?どうするの?やって。はい、これ。やって」と携帯を店員に突きつけた。
客が数人いたんで店員は「え・・・」て戸惑ってたんで俺がレジに商品置いて会計してもらおうとしたら
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