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家族

562 : 名無しさん@HOME 2005/10/16(日) 16:41:40
幼稚園のころの話。
父がひどいDVだった。
父が帰ってこなかった日の夜明け前、母が
「お母さんの方のおばあちゃんに会いにいこうね」
と私を車に乗せた。

母方の祖母は当時もう亡くなっていたが、幼稚園児の私には理解できておらず、
もう会えないと言われていた祖母に会えるのが嬉しくてはしゃいでいた。
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664 : 名無しさん@おーぷん 2015/04/15(水)14:52:07 ID:meP
思春期に父が祖父で、母が姉でもあることを知った
産み育ててもらったんだから親への感情は変わらない
これまで通り接していくつもりだけど、自分は一生結婚はしないし恋人も作るつもりはないわ
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38 : 名無しさん@HOME 2012/05/22(火) 16:35:04.96
私の中では修羅場だったんですが、そんなでもないかも‥と思いつつ投下します。
長いですすみません。

いつだか梱包用のプチプチが嫌いだと父が言っていたので、何故かと聞いたら「俺が入院中に彼女が暇潰しにって持って来たんだけどそれと一緒に入ってた手紙が嫌な思い出できらい」との事でした。
どんな内容の手紙だったのかと聞いたら、こどもをおろしたとの旨だったそうです。
何故おろしたんだろうと聞いたら、「ママ(私の母)も妊娠中で俺がおろしてくれと頼んだから」と。
未だ父と母は結婚していない時で(両親は出来婚)、もし父が母と結婚しなかったら今私は居なかったのかと内心修羅場でした。
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113 : 名無しさん@おーぷん 2015/05/22(金)11:47:26 ID:lKC
毒親から逃げるまでが修羅場だった。
でも毒親だなんてずーっと思ってなかった。むしろウチの親はよそよりいい親だと思ってた。
苦労して俺を育ててくれてるんだ、頑張ってくれてんだと思ってた。なんでかというと親が毎日
夕飯食いながら「おまえのためにこんなつらい仕事をやってんだ」「おまえを学校に行かすためだ」
「おまえが今食ってるメシを稼ぐために、こーんないやなつらい仕事をやってんだ」
って言い聞かされてきたから、何の疑いもなくそれを信じてた。
ウチは実際貧乏で欲しいものとか買ってもらえなかったけど、貧乏なのに頑張って俺を育ててくれてんだーと思ってた。
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387 : 名無しさん@おーぷん 2015/06/30(火)08:01:14 ID:hnf
高校生の頃、大雨の日に父が田んぼの水を見てくると軽トラで出て行った
1時間近くして何故か徒歩で帰宅し、家に居た兄2人と私を召集
「車が流され掛けてるから手伝え。カーチャンには怒られるから内緒で」
と言うことで全員で長靴を履いて現場へ向かった
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75 : 名無しさん@HOME 2014/11/28(金) 23:51:44.49
少しグロ注意

母の整形が原因で祖母に虐められてた
母の目はパッチリ二重で見た目外人みたい。父は一重。生まれてきた俺は蒙古襞ありの二重で田中将大みたいな目をしてる。
母が目頭切開の手術をしていた事は父は知っていたが、父方の祖母は知らなかった。

父方の祖母は両親に似ても似つかない俺の目を見て、俺を母が浮気して出来た子だと決めつけた。母は良いとこのお嬢さんであるため、離婚させる訳にもいかず祖母は俺にキツく当たった。
両親の目を盗んでは暴カを振るわれた。
浮気女に息子を取られた、この目は誰の目だ、他人のガキが家をうろつくな、色々言われた。
蒙古襞のある目頭をギューっと長時間押さえつけられた時は涙が止まらなくなるくらい痛かった。
もし両親にチクったら目をくり抜くと脅され言えなかった。

続きます
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255 : 名無しさん@HOME 2014/12/05(金) 00:08:36.78
弟が交通ジコに遭ったときの修羅場。
怪我は大したことなかったのに、一晩たったら、別人になっていた。
目を覚ますなり私のことを、おねえちゃまと呼び、両親の記憶はなく、知らない人がいるーっ!
こわいよぉ!おねえちゃま、たすけてぇ!あーんあーん!というような感じ。
今まで、ごく普通の7歳児だったのに、仕草やしゃべり方が、まるで手塚治虫の漫画に出てくるような子供になっていた。
パパとママのおうちに帰りたいよぅ。
だめ!ボクんだい!!みたいな。
脳の検査などは異常なし。
もう、何かに取り憑かれてるとしか思えなかった。
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556 : 名無しさん@おーぷん 2015/03/30(月)12:35:19 ID:RW8
Aという男の話。
A本人はフツメンで、正社員だったし、ちょっと気弱だが性格も良いし
欠点らしい欠点がなかったのだが彼女いない歴=年齢で27歳まで過ごした。
何が悪いかというとAの幼馴染のBというやつがガンだった。
Bは子供の頃からAにおんぶにだっこで生きてきたやつで
宿題はAのを丸写し、読書感想文などもAに書かせ、朝顔の世話も二人分Aにやらせ
って具合で小中時代を生きてきた。
Aの母親が「いいじゃないそれくらいやってあげなさいよ〜」と
息子に押し付けて放置するタイプだったのが
さらにBを調子に乗せた。
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294 : おさかなくわえた名無しさん 2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:RlDYjtlR
統合失調症の母親が「自刹したい。ひとりで逝くのは寂しいから一緒にタヒんで欲しい。」と言い出した。
その頼みを断った日の夜中、ふと目を覚ましたら
枕元に母親が立っていた。
そうして自分の顔をじっと眺めていた時が人生最大の修羅場。

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