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ほのぼの

778: 2019/01/13(日)00:18:40 ID:pEf
うちの上司が年末ジャンボでちょっとした額を当てたらしい。
会社でお昼時間に丸福と描かれたポチ袋に500円玉を入れて、「美味しいコーヒーでも飲んで」と社員に配ってた。
福のおすそ分けだそうだ。
そこに部長が通りかかって事情を知る。

部(・ω・)ノ「おー!おめでとう!!」

上司(・∀・)「ハイ、部長もどうぞ。」

部長(´?ω?`)!?「え!僕も貰えるの?」

上司(・∀・)「勿論です、福のお裾分けなんですから。」

部長(*・ω・)「本当に?え~そっかぁ・・そっかぁ・・」

3時のお茶休憩の時間に部長がお菓子の詰め合わせを休憩室に持ってきた。
福のおすそ分けだそうだ。
部長は早くにお父様を亡くされ、決して裕福ではない幼少時代を過ごしたため一度もお年玉を貰った事がなかったらしい。
ご自分でもすっかり忘れてた事だけど、小さなポチ袋を貰った時にぶわっと温かい感情が広がったそうだ。
「いい歳こいてって感じだけどね」と照れながらお菓子を置いてった。

娘さんと飼い猫に当選金額の9割を持って行かれた上司も、
500円じゃすまない詰め合わせをいそいそと置いて行く部長も、可愛い過ぎんだろーー!!
喪女にはこっちの方がお年玉だわーー!!



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726: 2019/01/10(木)23:39:29 ID:5OB
猫って案外記憶力いいんだね
何年も前の話だけど息子が大学進学で下宿したのをきっかけに妻と
「子供が家にいなくなったし猫でも飼おうか」って話してたら近所の野良ネコが病気の子猫を産み捨てたとかで
痩せこけた赤ちゃん猫(茶トラの雄)を妻が拾ってきて家で飼うことになった(完全室内飼い)
で、息子は大学の長期休みのたびに帰省してはその猫を文字通り猫可愛がりし、猫も息子にすごく懐いてた
そして息子が就職してあまり帰省できなくなり、この正月に一年ぶりに帰省してきたんだけど
猫は一年ぶりの再開にも関わらず息子を一目見た瞬間にぱぁっと目が輝きだして興奮しながら部屋の中をばたばた走り回り出して
子猫のころみたいにうにゃうにゃ鳴きながら息子に飛びついて体をこすりつけたりなぜか猫パンチしたりころころ転がりまわったりとすごいことになってた
(ちなみに息子以外の来客には警戒して物陰から観察したりするだけ)
興奮が収まると息子の膝の上にずっと乗りっぱなしで息子は「こいつ俺のこと自分専用の座布団だと思ってるだろ」と笑ってた
夜は息子と一緒に寝て、息子が家にいる間はずっと息子とくっついていた
そして息子が仕事先に帰ると寂しくなったのか今度は俺や妻にいつもよりずっと甘えてきた
一年ぶりでもちゃんと好きな人のことは覚えてるもんなんだね
ただ、こう言ってはなんだけどこの猫が家に来たのは息子が大学進学で家を出てからなので
猫にとっては息子は数か月おきにやってきては数日ほど遊んでくれるだけのお兄ちゃんって感じのはずなんだけど
なぜここまで息子に懐いているのかはよく分からない
息子が撫でて上げたり玩具で遊んであげると明らかに俺や妻がするより喜ぶんだよね
俺と妻にも懐いてるんだけど息子とは態度が全然違う
妻は「息子は優しいから猫はそれが分かるのよ」と言ってるけど、動物に懐かれる才能とかあるのかな



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22: 2019/01/03(木)00:04:40 ID:GcP
御齢90を超える祖父がかつて有名アイドル並みにモテるイケメンだったこと
現在の祖父はぱっちりした目元にイケメンの名残の残る可愛らしいしわしわおじいちゃん
しかし若き日のおじいちゃんは歌舞伎役者か映画俳優かってほどの目が醒めるようなイケメンだった
しかも警察官だったから体が引き締まった細マッチョ、戦前は特に制服三割増しの法則が発動されていて本当に格好良かったらしい
のほほんお嬢様をしていた祖母すら、女学校でこの辺に死ぬほど男前の警察官がいると噂を耳にするほど地元一帯でその名が鳴り響いていた
そんな当時の祖父だが警察官として働く大都会の隣町から、時々電車で地元の実家へ帰省していた
そのため毎回帰省する際は祖父に会うためだけに電車に乗る若い女性が大量発生し、祖父にラブレターやプレゼントが大量に渡された
祖母の女学校の同級生にも数人祖父のファンがいて、祖母も何回か付き添いを頼まれて着いて行ったそうだからマジらしい
渡した手作りおはぎをその場で食べてもらえたら泣いて喜び、刺繍したハンカチをプレゼントして「ありがとう」と礼を言われたら赤面して黄色い声を上げる
そんな感じで若い職業婦人や女学生たちが祖父の一挙一動に七転八倒する様は、祖母曰く現代のジャニーズアイドルとその熱狂的ファンじみていたそうだ
でも恋愛やイケメンに興味がなかったので、祖母はそれをすげーなおい…と他人事で見ていた
だからのちに「どこの俳優のブロマイドだよ」ってくらい写りがいい祖父のお見合い写真をもらった時は、本当に腰を抜かしたらしい
結婚が確定したらしたで、祖母は結婚まで祖父ファンから恨み節を直接聞かされたり、恨みのお手紙をもらったりで大変だったそうだ
この正月に実家で祖母と年配の親戚がこれを話してたら、祖父が「沢山の女にモテても嬉しくなかった」って不満げだった
なんで?とこっそり聞いたら「祖母ちゃんが惚れてくれなかった。好きな女に惚れられなきゃ顔が良くても意味がない」と言っていた
確かにそうだなって頷いたけど、同時にこういう人だからモテたんだろうなあとも思った



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858: 修羅場ステーション 2018/12/18(火) 20:32:52.56 ID:/wbSnN0Z
今日甥っ子に原付バイクを買ってやったんで昔あった修羅場を思い出して書く
俺が保育園児で5歳の時の話
俺には歳の離れた兄と姉2人がいて長男は社会人長女は大学生次女は高2だった。兄も姉達もとても可愛いがってくれていて俺も3人が大好きだった
当時の俺はある特撮ヒーローにはまっていてそれに出てくる乗り物に憧れていた
母に何歳になったら乗れるかを聞いたら「16歳」と言われたので「手伝いを毎日するからお駄賃をくれそれを貯めて買う」とお願いしたら「いいよー頑張ってね」とニコニコ顔で言ってくれた
この事は2人の秘密にしてその日から俺のお手伝いが始まった
しばらくしたある日兄と姉達が「欲しいものあるなら兄ちゃんが買ってやるぞ」「お姉ちゃんのバイト代で買えるなら買ってあげるよ」と言ってきたが「自分で買うからいい」と答えた
兄姉達もちょこちょこしたお手伝いを頼んできてはお駄賃をくれるようになった
なんやかんやでお手伝いを続けて1年がたって俺が6歳になった時に修羅場が起こった



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705: 修羅場ステーション 2018/12/15(土)19:58:26 ID:j9N
肉じゃが作りすぎちゃったわ。
もし私が美少女で隣人がイケメンなら、ベタなあれが出来るのに
残念ながら私はふなっしー似のアラサー喪女で、隣人は顔も名前も知らない。
煮込み料理って肉じゃがに限らず、鍋一杯に作ってしまうわ。
毎回アレンジしつつ一人で完食してるから、作りすぎではなくむしろ適量なのだろうか。
体重は適正から遠ざかって行くのだけど。
ビールと肉じゃが最高。明日はコロッケに改造しよう。



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834: 修羅場ステーション 2018/12/08(土)21:32:58 ID:rGD

飼っていた猫(♂)が無くなって1週間後、
飼い猫にそっくりな野良猫(♀)に懐かれた。
その野良猫は驚異的なスピードで家に上がり込み、寛ぐくらいまで懐いたところで身篭ってるのが発覚。
子猫が生まれ飼い猫に似た猫(♂)が増えたこと。
飼い猫よりも随分とドジっ子なので生まれ変わりとかでは無いと思うが、
タイミングの良さからNNNネットワークを本気で信じかけた。



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112: 修羅場ステーション 2018/11/28(水)17:19:00 ID:d54
母親の買い物に運転手として同行した時
母親を店先で降ろして駐車場に車を停め
買い物が終わるのを待っていた。
しばらくして母親から着信があり俺は頭の中で
母「どこに停めたの?」
俺「迎えに行くから店の前で待ってて」
という会話を想像しつつ受話器を取った。
母「どこにいるの?もう車のところに居るんだけど」
俺「え?」
周りを見渡しても誰もいない
俺「どこにいるの?」
母「お店の前」
俺「今行くからそこにいて」
混乱しながらお店の前に車を移動すると
色がちょっと似てるだけの形も大きさも違う車に母親が寄りかかっていた。

そして最近コンビニで買い物をして車に乗って帰ろうとした時
なにか違和感を感じつつもエンジンをかけようとしたら
いつもの場所にエンジンスタートのつまみがない
一瞬混乱したけど冷静になってみるとシートの質も高さもなにもかも全てが違う
びっくりして外に出たら色も形も全然違う車だった
停めた時には一番手前だったが他の客が更に手前に停めていたらしい
買い物してボーッとしたまま気づかずに乗り込んでしまったみたいだ
持ち主は買い物中だったみたいで誰も居なかったので
謝ろうにも説明もややこしいし恥ずかしくなって急いで帰りました。
遺伝って怖いね



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513: 修羅場ステーション 2018/11/30(金)01:43:12 ID:Liz
3日前、夕飯の生姜焼きを食べながら、本っ当に美味しくないなぁと作った張本人である私の無意識の呟きと深いため息に生姜チューブを捨てていいと許してくれた夫。
節約の為に業務用スーパーで買った生姜のチューブの匂いが違う、臭い、こんなの生姜じゃないと後悔を訴えつつずっと涙目で消費してたんだけど、あと少しで消費できるところだった。
母からはまずいものを無理に食べるくらいなら捨てておいしいのを食べなさいと育てられたので辛かったし、それでも使えるものを捨てること、まして夫が頑張って働いて得たお給料で買ったものを捨てるなんて大袈裟のようだけど拷問のようだった。
翌晩にリベンジした!といつも使っているメーカーの生姜チューブで作った生姜焼きを食べたら本当に美味しくて泣きそうになった。
夫は妻の匂いが違うという訴えを今までわからなかったが昨日と今日と連続で食べたからはっきり分かった、今日のはうまいと驚いていたし、最近食べすぎだから控えていたのにお代わりをしたし、無意識では分かっていたのかもと少しふざけたように言い、笑った。
生姜焼きに粉をまぶして焼けばから揚げみたいなおかずの完成。
夫の好きなおかずだから連日でも問題なし。

ご飯の話以外でも、妻の違和感の訴えと改善点を聞いてくれて、賛成や許可、意見を出して向き合ってくれる夫が大好きだー。

いびきすごいけど!



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487: 修羅場ステーション 2018/11/27(火)12:39:48 ID:LCR
この間、義母を見送ったよ。
在宅で5年、私が腰を痛めて介護できなくなって老健に入ってもらってから2年。
車椅子以外は健康で頭もしっかりした人だったけど、
体調崩して入院してからはアッと言う間だった。
正直に言うけど、義母の介護をすることになった時、嫌だなと思ったの。
実は私の実家、高校生の時に母方の祖母を引き取って同居介護が始まって結構な修羅場を見てきたのね。
私の母は元々片足が不自由だったから私や弟が手伝ってて
祖母は気が短い人で、思い通りに私たちが動かないとすぐ癇癪を起し
自分が自由に動けない苛立ちを母にぶつける人だったの。
父は仕事を理由に徐々に帰ってくる時間が遅くなって、
そして家の中で寛げない苛立ちを、これも母にぶつける人だった。
子供心に、一人娘を嫁にしたのだからそういう態度はどうなの?って不満で不満で
父の事は徐々に嫌いになっていった。

母の血の繋がった母親の介護ですらあんなに精神的に疲弊するようなものだったから
血の繋がらない姑と嫁と言う立場なら、不安しかなかったの。
義母は同市内で一人暮らししてて、関係が悪かったわけではなく寧ろ良かったのだけど
夫の弟も妹も遠方に住んでいた関係から我が家に引き取るか、義実家に引っ越して同居するか
とにかくうちがお世話するしかない状況。
要介護2しか貰えなかったから特養なんてとても無理。有料ホームに入る余裕もない。
仕方なく義実家で同居をスタートさせた。
でも同居介護していた5年間は想像していたものとは全く違った生活だった。
義母は車椅子ではあったけど聡明で話題も豊富で友達も多かった。
義母との会話は楽しかったし、動かないと惚けちゃう!って言って
自分でできることは自分でやってくれた。
とにかく嫁に負担かけないことを第一に考える人だったから
その気持ちが嬉しくて、こちらも一生懸命お世話したいと思えるような人だった。
夫は夫で、俺の母親なのに世話掛けてごめんって、もういいからってぐらい言ってくれる。
休みの日は休みたいだろうに、家事も介護も一生懸命やってて父とは全然違った。
私の腰に根性がないばっかりに老健に行くことになったときは
最初は嫌だったはずなのに、悲しくて申し訳なくて落ち込んだぐらい。
だから老健にはできる限り顔を出して話し相手になっていた。

嫌な介護と楽しい介護の両方を経験してみて、
結局はする側とされる側の相性が大きいのかなとか、
どちらも素直じゃないとダメなんだなって思った。
私もいつか誰かのお世話になる日がくるんだろうけど、
せめてお世話になる人が苦痛を感じるようなおばあちゃんにだけはなるまいと思った。
その為にも惚けたくないなー。



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